

元気ごはん.comで販売している雑穀は、山本朝子本人が探し求めた、安全な食べものです。 無農薬で有機栽培されている雑穀は、国内でもあまり多くは栽培されていません。その数少ない雑穀が、どのようにして私たちのもとに届くようになったのかをお話しします。 それには安全な食べものネットワーク オルター(NPO法人申請中)や白鷹農産加工研究会※の方々のご協力が不可欠でした。

歴史的に日本は飢饉の多い国で、庶民はまともに食べられない状態が常でした。農村では、育てている米は年貢にとられるため、主食のでんぷん質を雑穀から摂っていました。
雑穀がない時は、山の中に入って葛やわらび、かたくり、きく芋の根から摂ったり、ドングリや栃の実などのえぐみ抜きをしたりして、大変な知恵を使って食べなければなりませんでした。
つまり、雑穀は優秀な「救荒作物(土地が痩せていても天候が悪くても育ちやすく、収穫が得られる作物)」として大切なものだったのです。

ところが、豊かな時代になると、雑穀はお米が食べられない人が食べてきたものとして、貧しさの象徴になってしまいました。雑穀が身体を健康に保ってくれていたということを忘れ、やがて飽食に走り、農家でも収穫量の少ない雑穀を作付けしなくなりました。
しかし、ここ10年くらいの間に健康への関心が高まり、精白をしない昔ながらの米として、玄米が注目されるようになると、同じように、「見捨てられ、忘れられていた雑穀」も見直されてきました。
ただし、雑穀は荒天候に強く栽培はしやすいのですが、収穫量が米の1/4〜1/3ほどしかありません。また、粒が細かいため収穫も難しく、収穫以降の工程(調整)にも大変手間がかかり、生産者にとって非常にリスクの高い作物です。この観点からも、日本人が主食に選んだ米という穀物は、収穫量を上げやすい優れた作物であるといえるのです。
しかし、雑穀をたくさん供給しようとして、土に化学化合物の栄養をたっぷり与えたり、虫害を避けるために農薬を使ったりして収穫量を上げようとしたのでは本末転倒です。本来、雑穀は痩せた土地で、それも気候が悪くても普通に作ることが出来るもの。だからこそ、生命力にあふれ、栄養価の高い食べものになるのですから、“普通の作付け=無農薬・有機栽培”でないと意味が無く、健康な食べ物とはいえません。
豊かになった日本では、米より利益の少ない雑穀を作りたいと考える人は少なく、雑穀栽培をする農家はわずかになっていましたので、なかなか国産のものは手に入りません。最近のブームに乗って雑穀を作ろうとする農家でも、無農薬・有機栽培となるとその作業の大変さに、「殺虫剤ぐらいは使って良いだろう。この化学肥料ぐらいが使用しないと収量が上がらない・・・。」等と考えるので、私たち消費者には、無農薬国産雑穀はとても入手困難な状況です。

そもそも私は、雑穀が身体に良いという観点よりむしろ、アトピーの子ども達が安心して食べられるものを探求していくなかで玄米・雑穀食に行き着いたので、農薬にさらされた穀物では意味がないのです。また、アトピーとは、腸から入った農薬などの脂溶性化学物質が、皮膚に代謝・排泄されてひきおこされる病気なので、農薬が使われている雑穀をアトピー対策に使うのは、本質的に問題があります。
私は、日本で一番厳しい安全水準で食べものを選択している「安全な食べものネットワーク・オルター」を通じて、国産・無農薬の雑穀の栽培を広げていきたいと生産者に呼びかけました。この呼びかけに、白鷹農産加工研究会の鈴木雄一取締役(提携部長)が応じてくださったわけです。白鷹の雑穀は私の心づくしのお手製・・・そう自負しております。
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無農薬の雑穀は、生産量に限りがあります。
サイトでご紹介している雑穀も、ご用意できる商品数が限られています。
品切れも予想されますので、申し訳ありませんが、
なるべくお早めにご購入ください。

最上川の流れる山形県白鷹町は、元は養蚕の盛んだった地域で、上杉藩の時代からの工夫と倹約の精神が根づき、「何でも作る、何でも食べる」という伝統があるところです。しかし近年は出稼ぎの町、過疎の町になっています。
白鷹農産加工研究会(浅野淑子代表)は、スタッフ13人のグループです。自分たちで無農薬栽培した農作物を原料に、漬物、味噌、ジャムなど多くの農産加工食品を作り、全国の消費者団体と提携しています。これらの独自販売で、出稼ぎなしで生き抜いています。
「原材料は自分たちで作ろう」が合言葉。もちろん農薬や除草剤なしの無農薬・有機栽培です。加工用の野菜は全員に割り当てて協同生産をしています。発足した当時は農産加工の素人だった人たちが、「自分たちで作ったものを自分たちで売ってみたい」との思いで失敗を乗り越え、今ではプロ以上に良い品物を作れるようになってきました。
白鷹町はとくに秋野菜の産地として恵まれ、雑穀栽培においても適地で伝統もありますが、加工研究会では有機野菜の栽培や加工が順調だったため、雑穀栽培は行われなくなっていました。ところが90年代始め頃から、近所の農家でアワ餅やキビ餅の出荷が行われはじめ、かつて貧しさの象徴のようだった雑穀入りの餅やご飯が、ごちそうへと変化してきました。
加工研究会の鈴木さんも、97年頃からひそかに雑穀栽培の復活を試みていましたが、何度も失敗をしていました。
そんなおり、80才過ぎのお爺さん達のグループが、「雑穀、キビで村おこしをしたい」と活動を開始。彼らとの交流で「苗と定植」の作業を体系化し、栽培技術の改良に取り組むことができました。
雑穀は、その栄養価や抗酸化力、抗アレルギー力が優秀であるだけでなく、畑への残渣の鋤き込みによる緑肥効果が野菜づくりに大変有効です。雑穀と野菜の組み合わせは、土作りにも健全なのです。
水稲の低落傾向の中、白鷹町の生産者の間に雑穀への関心と生産が広まり、今ではいくつかのグループや個人が散在しています。人間の食料の原点ともいうべき雑穀の復活を通して、新たな農村、農民の再生の夢がふくらんでいます。
私は元気ごはん.comを通じて、より良い食べものを必要とする消費者と生産者が出会い、お互いが良い循環となって、この正しい農業が広がり続いていくよう応援していきたいと考えています。